破天荒な「飲み比べ業態」を首都圏に6店舗連続して出店。
クラウドファンディングを駆使したプロモーションを通じて
予約客が6~7割を占める
優良チェーン店に成長。

リカー・イノベーション日本酒100種類が時間無制限で飲み放題。しかも酒の肴は何でも持ち込み自由でケータリングまで利用可――。そんな破天荒な「飲み比べ業態」が話題を呼び、わずか2年ほどで池袋、新宿、渋谷など首都圏に6店舗を連続出店しているのがリカー・イノベーションの運営する日本酒居酒屋「KURAND SAKE MARKET(クランドサケマーケット)」だ。1号店である池袋店の開店前から、クラウドファンディングを中心にしたWebプロモーションに力を入れ、安定した集客を実現した上に、週末には予約が取れないほどの人気を継続。どの店もWeb経由の予約客が6~7割を占めるため、店舗スタッフの配置も効率的で、人件費のコントロールにも成功している。店舗創業時からのキーマンであるリカー・イノベーションの辻本翔氏(プロモーションプランナー/コンテンツディレクター)に、業態開発とWebプロモーションの要点について聞いた。

リカー・イノベーションのコンテンツディレクター、辻本翔氏

リカー・イノベーション(東京・上野、荻原恭朗社長)は2013年2月に設立されたばかりの新しい会社だ。大卒後、一般企業に勤めていた荻原恭朗氏(29歳)が独立し、創業した。親会社である王屋(東京都足立区)は荻原氏の実家で、酒類卸の老舗。リカー・イノベーションは、王屋と競合しないBtoC(一般消費者向け)事業のための会社として設立され、「お酒にもっと新しい価値を」という旗印を掲げた。その理念に共鳴した若い同級生たちが、各分野の企業を辞し、荻原氏の下に集まってきた。
辻本翔氏も現在、29歳。大卒後、レコード会社に勤務してアーティストのマネージャーなどを務めていたが、知り合いから誘われたのをきっかけに14年2月、リカー・イノベーションに入社した。

辻本 この会社は、社長を始め皆が同世代で、価値観が似ています。新しい事業を立ち上げて、社会的に意義のある、新しいことをやりたいと希望する仲間が集まっています。前職はいろいろで、異業種の寄せ集めのような感じでしょうか。例えば、リクルート系の会社、アパレル系の会社、ITベンチャー系企業など、いろんな業種から新しい知恵を持ち寄り、お酒という商材を基に、新しいサービスを立ち上げようとしています。私はもともと、世の中にあまり知られていないものに関する情報を発信して、世の中に知ってもらう仕事がしたいと思っていました。「KURAND SAKE MARKET」での私の仕事は、一般にはあまり流通していない小さな蔵の質の高い日本酒にスポットを当て、新しい商品を開発するなどのプロモーションを企画・運営して、お客様に知ってもらい、飲んでもらうこと。自分がまさにやりたかった仕事ですから、こういう仕事をさせてくれる会社には、とても感謝しています。

酒屋の角打ちをイメージしたシンプルな立ち飲み店で、飲み放題の店を作りたいというアイデアは、もともと社長の荻原氏が温めていた。辻本氏は、社長とともに、そのアイデアに肉付けし、同じように日本酒飲み放題ですでに営業していた「日本酒ラボ」(東京・町田)という店からのアドバイスも受けながら、「KURAND SAKE MARKET」の業態を作っていった。その際、常に念頭にあったのは「いかに日本酒へのハードルを下げて、カジュアルな店を作るか」だった。

リカー・イノベーションは創業当初、日本酒のECサイトを手始めに、お酒の魅力を発信するための自社情報メディア「NOMOOO(ノモー)」を立ち上げ、月1回の日本酒の頒布会(現・KURAND CLUB)や商店街での飲み比べイベントなどを手がけた。親会社は業務用の酒類卸なので、付き合いの深い蔵元は大手が中心だ。一方、リカー・イノベーションが手がけた頒布会やイベントは、主に地方の小さな蔵元のいわば「隠れた名酒」を扱い、会員限定の日本酒を頒布会のために造ってもらうといったユニークなもの。この頒布会とイベント事業の展開過程で、王屋時代には考えられなかった小さな蔵元との新しい付き合いが広がっていった。

また、「お酒のある生活をもっと楽しく」がうたい文句の「NOMOOO」は結果的に、日本酒を始めとしたお酒が実際にどういう環境で、どういう思いで飲まれているかをさぐるために、アンテナを広げていくマーケティングツールという役割も担うことになった。ただ、こうした事業はどちらかというと、日本酒のいわばコアなファン向けのアプローチ。社長と辻本氏が、日本酒飲み放題の店を企画する際にターゲットとして考えたのは、もっと普通の飲み手たちだった。

辻本 お酒が好きで、日本酒も好きだけど、何を飲んだらいいかよく分からないといったライト層向けの業態を目指しました。蔵元まで足を運んで、自分の好みの味の日本酒を買うようなコアなファンのかたは、自分自身で情報を集めて、好みのお酒を飲むでしょう。そうじゃないマスのライト層向けに、どうやって小さな蔵元のおいしい日本酒の存在を知ってもらい、飲んでもらうかが課題でした。頒布会はせいぜい月に1回の機会ですし、商店街などで日本酒の飲み比べイベントを実施しても単発で終わってしまいます。日常的に、ごく普通のお酒好きの人たちに実際に日本酒を飲んでもらって、おいしいかどうか、飲み比べてもらえる場所が欲しい。それが、私たちが今は「飲み比べ業態」と呼んでいる「KURAND SAKE MARKET」を作るときの基本的な発想でした。

入店時に猪口を選ぶ。
入店時に好みの猪口を選ぶ

「KURAND SAKE MARKET」の業態作り、店作りの過程で、結果的に最大の強みになったのは辻本氏らが飲食業には「素人」だったことだという。例えば、プロの飲食店経営者ならば、「飲み放題」には必ず「2時間」といった時間制限を設けるはずだ。利用客の回転を考えるし、飲み過ぎる利用客の扱いも心配だからだ。辻本氏らが手本にし、いろいろ有益な助言をもらったという町田の飲み放題の店「日本酒ラボ」でさえも、2部制ながら時間制限を設けている。

ところが、「KURAND SAKE MARKET」には時間制限が一切ない。営業時間内なら、店に何時間滞在して、飲み続けてもいいのだ。また、プロの経営者ならば、いくら飲み放題とはいえ、日本酒の品揃えの中には「獺祭」など有名ブランドをいくつかは混ぜて、売り物にしたくなるだろう。「KURAND SAKE MARKET」では、それも一切やらない。有名ブランドを扱わないことを、一般の居酒屋や酒屋への差別化要因だと考えているからだ。

出店のための物件選びでも、「素人」ならではの判断で、徹底した低コスト戦略をとった。